現在のノリ

現在の自分のいるセカイのノリが自分の中でどれくらい、影響しているのかという事を考えてみている。今読んでいる本の影響なんだが、実は知りたかったことで、着目してみている。会社、地域、友だち、家族など自分を構成している他者がある。そこに必然的に馴染む努力もしているし、馴染みたい欲求も高いし、居心地がかなりいからそこにいる。その場にいる間は、そのセカイのノリ、コトバの意味をまわりに合わせていく。共通言語を無意識にも沢山共有している。抽象的なコトバですら、近しい関係性であればあるほど、多少の誤解はあったとしても同じ感覚で使っているはずで、それは会社の組織でも顕著な気がする。いつの間にかしみ込んだノリやパターンを剥がしたいという欲求が高まり、その方法を探していたので、まずは自分の状態を知る事が出来て、前進した気がしている。俺は自分のやりたいやり方、周りの調和を気づくかぬうちに、何も迷わずにやっている。そのやり方を変えるということが、「学ぶ」ということなんだと分かった。「何を」学ぶかがもちろん大事なんだが、目的的に言えば「学ぶ」ことの意味が分かっていないと、今までと同じやり方で、捉え方で物事を吸収していても、現在地からは大きく動かない懸念。だとすれば、今のやり方・耐え方からはみ出す意識を持ち、はみ出す為の模索するネタを探すのが「学ぶ」。自分の捉え方や考え方に疑問を持って進むのは大変だ。アイロニーやユニークを前面に出し続けたいが、思考停止のほうの慣れが半端ない。将又、ここから旅立てるのだろうか。