箱根へ向かう道の途中で

14,755日目の朝をおそらく迎える私は、もう立派な年齢なのだが、朝の起きる瞬間まで気分がよくない。苦しい感じが最近ずっとしている。起きて自分の家族が眼前に現れて、一気に明るい気持ちになる。満足した睡眠が少ないのかもしれない。それはいいとして、特に長女ひかりは、ここ数ヶ月、寝起きがとてもいい。目が合った瞬間に投げキッスをしてくる。その後、私のベッドに潜り込んでくる。そして、誰を愛しているのか話をしてくる(そのとき、私は対象から省かれていることが多い)。ひかりはいつも元気というか、生きる喜びを全面にだし、影がない。これから人並みに影が付いてくるんだと思うが、そんな一人の人間を見ていると、こちらは元気がうつる。

とある日の午前中、私は光ゲンジを口遊み、「ひかり」という名前の構想がスタートした。二人の初めての子どもであること、震災や悲しいことも知った自分には希望の光だったし、誰かの足下を照らせるような夜光虫のような優しいヒトもなってほしい、なにより自分らしく光ってほしいと、ひかりの名前を名付けてみた。

話変わって、2018年の今日、箱根駅伝を期待十分に見に行った。ハイライトは山ほどある最高のLIVEだった。家に還って中継もみた。家人も私も何度も涙ぐんだ。ランナーの懸命さ、沿道の声援のボリューム、給水係を務めるキャプテンのストーリー、追随する車中にいるコーチのマイクから発せられるメッセージ、、、。往路最終区に順位を一気に落としたチームもいた。追いかける車中にいる、親でもあるチームの監督が呼びかける「これまでの、みんなで繋いだたすきだぞ、明日につなげるぞ」。今にも倒れそうなそのランナーは、食いしばってゴールにむかう。申し訳ない気持ちだっていっぱいなんだろう。どんな努力や想いがあってのこのレースなのか想像だが伝わっているよ。それを支援したり応援したりしているヒトたちも沢山いる。「がんばれー!」「がんばーれ!」「いけー!」「ファイト!」「負けるな!」

ヒトのカタチをした色んな光をみたよう気がした。