骨折からの、

2015年の12月30日に骨折を2カ所した。最初に行った大きな病院は受け入れてくれなかった。普段よく通る病院にタクシーで向かった。年末の当直医は見た目がとても若い人だった。レントゲンの結果、即入院と言われ、このままだと骨と骨の間に水がたまり、年明けの手術に影響が出ると言われた。検討する余地もその場の空気の圧でなく、麻酔もなしに、離れた骨折箇所同士を指押しで近づける応急処置が採択され、年配の看護師さんがボクの身体を押さえつけた。激痛の骨折箇所に更なる激痛が襲い、時間差で涙が出た、今までで一番痛かった。骨折した瞬間よりもだ。即入院を断り、年始の先生出勤まで自宅療養しかなしと頑に先生に言った。折角の年末年始をこんな無味無臭な場所にくれてたまるかという、せめての抵抗からだった。そこから、痛みと生活の不便さとの闘いがはじまる。使い慣らされてた普通の日々の尊さを骨身にしみながら。そこからPIKA!社はうまれたのだ。またいつかに続く。